やまがたなんぶ教会
証 高橋新





 私は牧師家庭に生まれました。

いまも両親は京都の舞鶴という地で牧会に預かっております。

 両親が牧師と牧師夫人という環境もあり、私は生まれる前から母のおなかの中で礼拝を捧げ神様のみことばを聞いていました。

本当に恵まれた環境が与えられていたと思います。

 常に周りには祈りとみことばがある中で育っていたため神様の存在は疑いませんでしたし聖書の言葉や救いも知識ではしっていました。

しかしその価値や本質は全く分かっておらず自分から神様を求めるようなこともありませんでした。

そのうち日曜日なのに友達と遊べないということからだんだん礼拝が嫌になっていったのを覚えています。

小学校一年の時に私の人生で大きな転機が訪れました。

ある時から私はクラスの女の子たちに嫌われいじめを受けるようになったのです。

きっかけはおそらく些細なことだったのだろうとは思いますが、大阪に引っ越すまでの4年間ずっとわたしは女の子から無視されたり悪口を言われたりしました。

無視され続けるうちに自分が悪いから無視されていたんだと考えはじめ、次第に自分を愛せなくなりました。

その考えはエスカレートしていき自分の存在自体を否定するようになり、まわりから自分を否定されたときには死のうかと考えたこともありました。

ただ、キリスト教の牧師の息子が自分を愛せないとか暗い部分を出したら世間から見てまずいだろとかそういうところはなぜか強く意識し、その暗い部分を表面上に見せないように演じようとしていたのでまわりに相談できない状況が続きました。

 そのような僕が変わったのは高校一年の夏のときに両親に行かされた教団のキャンプでした。

そこに参加していたスタッフの中に、以前から面識のある大学生のお兄さんがいてゆっくりと話をする時間が与えられました。

はじめは音楽の話やらをしていたのですが、何のきっかけから昔のいじめられた話をしていて、気付けば「自分が嫌いだ」ということを相手にぶちまけていましたが、その方は一通り僕の話を聞いてくれたあと「あらちゃんは自分のことを嫌いやとか人から愛されていないとかいうけど神様はあらちゃんを一方的に愛してくれてるんやで」と言ってくれました。

そのとき不思議なように神様が自分をずっと愛してくださっていたことがわかり、知識としてはおぼえていたヨハネ15:16の「私があなた(がた)を選んだのである」という言葉がどれほど恵みかを理解することができました。

そのときからだんだん自己嫌悪の思いからは解放され、いまでは神様から愛されている自分を愛せるようになりました。

またそのいじめ等のことを通してすこしは謙遜の心が与えられたのではないかと思います

私もその変わるきっかけを作ってくれた方のように、神様との出会いを作れる存在になりたいと願っています。
| - | 12:16 | - | - |
信仰告白  齋藤直未 2008.5.11


信仰告白をさせていただきます。

私は酒田市に生まれました。

4人兄弟の一番上です。

父が医師、母は元作業療法士の家庭で、両親の愛をいっぱいうけて育てられました。

経済的にも恵まれていて、習い事もいろいろとさせてもらって、不自由することはありませんでした。

中学まではのびのびと生活していました。

高校受験が近づき、悩んだ末進路を決めて酒田市内の進学校に入学しました。

高校の部活動で柔道を始めました。

このときから、先生や両親の評価を気にするようになっていて、「がんばって成績を維持しないといけない、下げちゃだめだ、怒られる、柔道もやめちゃいけない」という思いで勉強や部活に取り組んでいました。

ほとんど気力だけで続けていました。

そして晴れて、念願の医学部に入学することができました。

大学でもそのような気持ちは変わりませんでした。

柔道部とオーケストラサークルに入って、それらと勉強に追われる生活は、いつの間にか、充実というか、みっちりきつきつしたものになっていました。

そんな生活がより激しくなったのは、大学3年の後期からでした。

勉強・部活・アルバイトに毎日走り回り、必死でした。

中途半端にしたくないと、どれにも全力を向けていました。

もともと体力がないのに、気力だけでなんとか続けていました。

1日24時間ではとても足りなく感じていました。

でもそんな生活も、柔道の試合での惨敗からとうとうパンクしてしまいました。唯一の活動源だった気力を失ってしまったのです。

気分が不安定になり、毎日頭痛に悩まされ、眠れなくなりました。

学校に行っても講義に集中することができず、休むことが多くなりました。

心療内科でうつ病と診断されてから半年後、やっと休学を決意しました。

そして「どうしてこうなったんだろう、何が悪かったんだろう」と悲嘆する毎日でした。

自分の存在も否定し、自殺も考えました。

「消えちゃいたい。でも踏切だと後で人に迷惑かけてしまうから、誰も私のことを知らないところに逃げたい。」そう考えていました。

そんなとき、母の知り合いを頼って、オーストラリアにホームステイさせてもらいました。

そのとき、教会に初めて足を運びました。

高校時代世界史を選択していたので、建築様式などに興味があったからです。

初めての教会でした。

なのに、不思議と落ち着くなと感じました。

それが、神さまとの初めての出会いでした。

そして昨年の12/23のクリスマス礼拝で初めて南部教会に来たとき、みなさんにあたたかく迎えていただいて、病気のこともお話しすることができました。

「原因探し、してしまうよね。」と共感してくださり、エレミヤ書29:11のみことばを教えて下さいました。

「それは平和の計画であって災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである。」とても嬉しく感じたのを今でも覚えています。

「これからは明るい未来があるんだ」と思えました。

翌日12/24のイブ礼拝にも参加させていただきました。

そのときのメッセージが、ヨハネの黙示録3:20の箇所でした。

「見よ、私は戸口に立ってたたいている。誰か私の声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしは中に入ってその者と共に食事をし、彼もまたわたしと共に食事をするであろう。」

衝撃を受けました。

「私の心の戸の前で、イエスさまが待って下さっているなんて、知らなかった。ヨセフとマリアが宿を探していたとき迎え入れる人が誰もいなかったとあったけど、私もその一人だ。こんなだめな私の心のそばでイエスさまがずっと待って下さっているなんて、とてもありがたいなぁ」と思いました。

私はとても頑固なのですが、みことばが心の中にすっと入ってきました。

それからも自然に教会に足が向かうようになって、ホサナにも参加させてもらうようになりました。

そこでのメッセージがわかりやすく、神さまが私を愛して下さっているというメッセージを繰り返し聞いて、神さまの方へ私も向きを変えていこうと決心しました。

エレミヤ書のみことばから、「体調が悪かったこと、休学して留年もしたことも含めた今までの道も、全て神さまの『将来と希望を与える』ご計画、過程の一つなんだ」と思えるようになりました。

だからもう、過去の原因探しなどはやめました。

いつも共にいて下さる神さまと歩んで行けたら、心が平安でいられるからです。

第一ペトロ5:7
「思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけてくださっているからです。」

神さまがいつもそばにいて下さるから、もう悩まなくていい、もう恐れなくていいんだと示されました。

今年の3/2のホサナの分級の時、イエスさまが私の罪のために十字架にかかられたことを信じました。

そして、イエスさまを私の救い主と信じます、とお祈りをしてバプテスマを受ける決心をしました。

今でもときどき、動揺したり不安になったりします。

でも、そんなとき、「イエスさまがいらっしゃるから大丈夫です」という確信が与えられてから、今までの人生を肯定できるようになりました。

これからもイエスさまと共に歩みます。

ここまで育ててくれて、バプテスマを受けることを聞き入れてくれた両親にも感謝します。

患者さんの痛み、苦しみが分かる小児科医を目指します。

これからもよろしくおねがいします。


2008/05/11       齋藤直未
| - | 18:38 | - | - |
「わたしのしんこうこくはく」 鈴木まりい 2008.5.11


まりいは、パパとママと、あかちゃんのときから、きょうかいに
きています。

 ホサナでゲームをしたり、みことばをきいたりさんびもしました。

3さいのときに、きょうかいでおいのりをしているとき、かみさまがいることがわかりました。

ホサナのキャンプでおかせんせいが、
「イエスさまをしんじるひとは、てをあげてください。」
といいました。

まりいはイエスさまをしんじたいとおもって、てをあげました。

 まりいのこころは、けんかをしたり、わがままをいったりして
まっくらでした。でも、そんなまりいのつみのためにイエスさまは
じゅうじかにかかってくれました。

まりいはイエスさまをしんじてうれしくなりました。

 せいしょのまなびのとき、イエスさまがまりいのこころの
とびらをたたいているのがわかりました。

「イエスさま、まりいはこころのすみっこにいるので、こころの
まんなかにすわってください。」
とおいのりしました。

イエスさまは、まりいのころろのなかにはいってくれました。

これからは、まりいはずっとイエスさまといっしょです。

 まりいのすきなみことばは、
『あなたがたがわたしをえらんだのではない。わたしがあなたがたをえらんだ。』
(ヨハネによるふくいんしょ15しょう16せつ)です。

まりいはきょうイエスさまをしんじてバプテスマをうけます。

これからはかみさまをしんじて、かみさまをしらないひとにイエスさまのことをおしえてあげたいです。

2008ねん5がつ11にち
すずき まりい
| - | 18:30 | - | - |
転入会の証し 郡司昌子 2008.3.23
 



高校1年生の終わり頃、まだ16歳の時の事です。

ある人間関係に疲れていたちょうどその時、私は父方の伯母がクリスチャンである事を耳にしました。

教会に行ったら私の汚い心も綺麗にしてもらえるだろうか?と勝手に考え、伯母に連れて行って欲しいと願いました。

こうして初めて教会に行きました。私は何回か教会に行くうちに自分の問題の事よりも、そこに集う人々の温かさを感じるようになりました。

今思えば、キリストの愛がそこにはあったのです。

私は小さい時から死ぬ事がとても怖いと思っていました。

5才位の時にひいおばあちゃんのお葬式に行ったのですが、人はどうして死ぬのだろうか、死んだら何処へ行ってしまうのだろうか…そんな事を考え始めました―結局死んだら全てが無くなり、私の心は一瞬のうちにして消え去り、永遠に意識が戻る事はない―想像力豊かな私は本当に明日死んでしまうかのように怖くなり、夜眠れなくなる事もたくさんありました。

両親に聞いてもちゃんとした答えは返ってきません。ひいおばあちゃんの焼かれた骨を、骨壷に収める場面は今でもはっきりと覚えています。人は死んだらこうなるのだ、と思いました。

聖書には、イエス様は死に打ち勝ち復活した、と書いてあります。

そして、世の終わりの時にはもう一度来られ、私達もイエス様の復活に与る事ができる、と書かれています。

しかし、すぐに信じる事はできませんでした。

ずっと求道者でいようと思っていた事もあります。

大学浪人中のある時、いつだったかはっきりとは覚えていませんが、私はこう思いました。

死ぬのは怖いけど、そもそも私が死ぬ前にイエス様が来られたらどうしよう??天国へ行くために準備をしなくては!こんな信仰が受け入れられるもなのか、とても不安でしたが、母教会の山中先生はこう言われました。

信仰とは、99%疑っても1%に賭ける事です。

この言葉なしに洗礼は受けられなかったでしょう。

そして私は19歳の時、ほとんど何も分かっていない状態で飛び込むようにして洗礼を受けました。

私にとって洗礼は通過点でした。

形としては十字架の罪の赦しを信じ、イエス様を心にお迎えしたはずなのですが、実際にはよく分かりませんでした。

洗礼を受けた後、自分は罪人であり、十字架のイエス様によって赦された者なのだと感謝するようになりました。

そして、段々としかし確実に神が生きて私に働いておられると感じるようになりました。

何よりも、今まで私は悩みや不安があると、人間なんて信用できないと悪い方へと考える癖がありましたが、イエス様を信じてからは、全てを支配しておられる神様に従って歩むならば必ず良い方向へ導かれると思うようになりました。

例えば、どうすれば良いか分からない時に祈ると、神様は必要なみことばを必要な時に与えてくださるので、みことばを期待するようになりました。

こんな不信仰な私にも分かるように、神様は聖書のみことばによって導いてくださったのです。

創世記12章1節「主はアブラムに言われた。『あなたは生まれ故郷 父の家を離れて 私の示す地に行きなさい。…』」これは、今まで大事な道を選ぶ時に3度も示されたみことばです。

3度目は、ここ南部教会へ導かれました。私は今年の1月に結婚して山形へ来たのですが、どこの教会で神様に仕えればよいのかを祈っていたところ、すぐに示されたのでとても喜びました。

と同時に、不安や迷いも起こされました。

ちょうどその時、東北ケズィックコンベンションという大きな集会に一日参加する事ができ、ルカによる福音書10章41節から「マルタ、マルタ、あなたは多くの事に思い悩み、心を乱している、、、」という主の言葉を聴きました。

私は再び、マリアの座、つまりみことばを落ち着いて聴ける場所はどこであろうかと考え、それは雪でも何とか歩いて行ける山形南部教会であると考えました。

人間的に考えるならば色々あるのですが、第一に神の言葉に耳を傾けたいと思います。
| - | 22:13 | - | - |
くるくるMEBIG体験セミナーに参加して  岡 聖志
1月3日〜7日「くるくるMEBIG体験セミナー」に参加してきました。



セミナーでは、楽しいことをいっぱいしました。中高生でしかできないようなゲームをたくさんしました。

でも今回気付かされたのは、陰で奉仕する中高生の姿です。

自分と同じくらいのお友達が、牧師先生の右腕となって仕えていました。

いろいろな場面で盛り上げたりするだけではなくて、中高生全員が先生の目を見て動いていました。

司会をしている先生の携帯がなると、中高生が行って、電話をとっていました。

先生がコンロのほうを指さすだけで、中高生がかけつけて、その火を消していました。

1人の人が救われるために、妥協なく、本物の奉仕をしている姿を見て、感動すると同時に、「自分はどうだっただろうか」と、問われました。

僕は本当に、イエス様の前に恥ずかしくない奉仕ができていただろうか。 

…「誰かがやってくれるんじゃないか」と思って、中途半端な奉仕をしていたことを、悔い改めました。



最後の集会で、「良きサマリア人」の箇所から、メッセージが語られました。



その中で、ある消防士の話が心に残りました。

ある家で火事が起こり、住んでいた家族4人が死んでしまいました。

消防士がすぐにかけつけたのに、その消防士がなかなか車の中から出てこなかったからでした。

その消防士はいったい何をしていたのかというと、上司から借りたCDをコピーして、それが鳴るかチェックしていたそうです。

彼の楽しみのせいで、4人の貴い、大切な命が奪われてしまったのです。

僕はそれを聞いて、ひどいと思いました。重い刑を受けさせるべきだと思いました。

しかし、先生はそのあと言いました。

「もし君が、イエス様のすばらしい福音を伝えないで、自分の楽しみのために時間を割いているとしたら、君もこの消防士と同じ罪を犯したことになるのです。」

 ―それは、まさに僕のことでした。

イエス様のことを伝えても伝えても、信じてくれないばかりか、バカにされる中で、いつのまにか伝道するのをやめてしまっていました。

そして、自分の楽しみのために、神様が下さった貴い時間を使っていました。

そのことを示され、心から悔い改めました。



 僕はこれから、もう一度ゼロからやり直して、イエス様のことを伝えていきたいと思います。

そして、神様の奇跡を見るために、みことばをしっかり握りしめ、いつも祈って、イエス様に心を向けていきたいです。

昨日もお友だちの家を訪問しました。でもお母さんが出てきて、
「スポ少だからムリなのよ−。」と言われてしまいました。

悲しかったけど、お祈りして、ほかのお友達の家を一軒一軒回ったら、今日、その中から4人のお友だちが来ました。

感謝です。これからもイエス様をしっかり見つめて、ベストを尽くしていきたいと思います。

「この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。」
                                 ルカ10:35

ありがとうございました。
| - | 00:00 | - | - |
くるくるメビック体験セミナーに参加して  川上 恵衣



1月3日から7日までくるくるメビック体験セミナーにさんかしました。お祈りありがとうございました。

とても楽しく、メビックの先生やスタッフの人たちが、お友達のために本気でお祈りし、つかえているところをみてくることができました。

私は、初めてくるくるメビックに参加しましたが、一番驚いたことは罰ゲームでした。

たくさんのゲームをしましたが、その罰ゲームもまた、本気の罰ゲームでした。

ある罰ゲームは、町の駅で行われました。みんなの見ている前で、しなければならない罰ゲームでした。





すごいはずかしさのなかでやりました。でも、すごい体験で思い出になりました。


またメビックで恵まれたことの1つとして、たいこ先生が、私のために、お祈りやお話をしてくれたことがあります。

お話を一緒にしている中で、私は今までイエス様を信じていたけど、本当にイエス様を心にお迎えしていなかったこと、また5月に言平先生が来てくださった時も、イエス様を本気で信じると言ったけど、お祈りしなかったり、毎日聖書を読まないでイエス様を忘れている自分がいたことをお話し、悔い改めました。

私のために一緒に祈ってくださいました。

私は、このくるくるでイエスさまが私のために死んでくださり、私をこうして教会に導いてくださったことを、いろいろなことをとうして感じ信じることができました。
 
恵まれたことの2つ目として、3日目のくるくるtimeの努先生のメッセージがあります。

努先生は、泣きながら自分の体験を話してくださいました。

努先生が知っているある女の人が、亡くなってしまいました。

イエス様をもっと早く伝えていればよかったと強く悔い改めたそうです。

私は今、土曜日の夜に、お友達がホサナの礼拝に来るように電話をしてさそっています。

けれど、ときどき忘れたり、言われてやったり、義務でやっているところがありました。

私は努先生の話を聞いて、けれどまだイエス様を信じていないお友達のためにもっと祈って心をこめて、さそっていきたいと感じました。

このくるくる体験セミナーで神様が私に語ってくださった御言葉は、第1テサロニケ2:20
「実にあなたがたこそ、わたしたちの誉れであり、また喜びなのです。」

私のことを誉れであり、喜びだと言ってくださる神様がいつもともにいてくださることがわかって感謝です。

また、来年行きたいです!!
| - | 10:15 | - | - |
くるくるメビック体験セミナーに参加して   岡 恵美



くるくる体験セミナーのためにお祈りくださってありがとうございました。

楽しいことをいっぱいして、訓練をうけて本当に神様からたくさんの恵みをいただきました。

与えられたみ言葉はルカによる福音書16章35節です。

そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』

良いサマリア人とはまだ救われていない私の友達のこと。そして、宿屋の主人とは救われたわたしたちのこと。



イエスさまは私に「この人を介抱してあげてください。」と言っているのだとわかりました。

でも私はすぐに「はい!」とは言えませんでした。

友達を教会に誘っても断られたり、来ると言ったのに来なかったり、「もう話しかけないで」と言われたり・・・・。

そういう中で私はいつの間にか「人から余計なお世話だと思われるようなことはしないようにしよう。」と思うようになりました。

でもイエスさまは「介抱してください。」と言われたあとで「費用がもっとかかったら帰りがけに払います。」
イエスさまが払うということは、イエスさまがしてくれるってことです。

わたしが神様の前にがんばってすばらしいことをするのではなくて神様がわたしにしてくださる。素晴らしいことを見ること、それが信仰をもつことだと気づかされました。

でも私は不安でした。くるくるはすごく楽しくて本当に恵まれててこういう雰囲気に中にいるから、私が勝手に神様に従おうって思っているだけじゃないか。神様は本当にこの私に言っているんだろうか。

そんな時、礼拝練習で「みことばだけ」という讃美をささげた時に先生が言っていたことを思い出しました。

「学校の教科書や他の書物は、まちがいが見つかって、何度も書き直されている。でも、聖書だけは違う。聖書だけは唯一、人類が何の誤りも見つけだせなかった書物。」
神様のことばなんだ。

わたしは自分のその時の感情や気分で神様に従おうとしてきたことを悔い改めました。私の感情や気分は変わるけど。
「この人を介抱してください。費用がもっとかかったら帰りがけに払います。」このみ言葉をしっかりにぎりしめて、メビックの先生として神様に従っていく決心をしました。

神様に従っていくということは、神様が選んだ牧師先生に従うってことです。

わたしはこの五日間中高生のリーダーとしての訓練を受けました。

リーダーとしての役割の一つに「牧師先生の目を見る」というのがありました。
牧師先生はリーダーにほとんどの場合言葉じゃなくて目で指示を出します。そう言われていたにもかかわらず、わたしは1日目、2日目などは、全然先生の指示にきづいて動くことができませんでした。

でも、メビックの先生やスタッフは先生の目を見るだけで先生の指示がわかり、さっと動いていました。

「もし君が、神様に一番祝福されたいと思うなら、一番手っ取り早い方法は牧師先生の言っていることがたとえおかしいと自分が感じたとしてもそれに従うことだよ。」
メビックの先生はそう確信をもって言っていました。

わたしは牧師の娘として育ちました。というか生まれ育っています。

一緒に生活しているせいか先生ぬけているなーって感じることがよくあります。

牧師先生の言っていることよりも、自分の考えが正しいと思ってそれに従わないことがありました。でもそれは実は自分の心が、神様に向いていなかったからだとわかりました。

神様のために正しいことだと思い牧師に従わないことは、牧師を立てた神様に背いていることになり、神様に喜ばれない罪であると示され、「神様ごめんなさい」と祈りました。

イエスさまは私にこんな罪深い私に『価値がある』と思ったから、十字架で自分の命を捨ててくださったのです。

だから、わたしはこれからホサナのスタッフとして牧師先生の右腕となって神様に仕えていきます。

たとえ、ことわられても大丈夫。失敗しても大丈夫。誰が何と言っても大丈夫。
支払ってくださるのはイエス様だからです。

最後にもう一度ルカによる福音書10章35節を読みます。

そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』
| - | 20:39 | - | - |
御言葉によって力を得たこと  李 在男


最近、職場で(老人介護施設)みことばによって力を得たことをお証したいと思います。

それはあるおじいさんのことですが、そのおじいさんはホームで、暴言、暴力をふるったりします。

私はいやになってあのおじいさんをさけていました。

昼の間、あんまり関わりたくなかったので、声がけもすくなくなりました。

しだいにだんだん怖くなりました。一緒にいるだけでもドキドキして不安になりました。

夜勤のときは一人でいるので、あのおじいさんを一人で対応しないといけないですね。

それがいやで、怖くて仕事もいやになつたりしました。

朝まで何にも問題なければいいのにと思ったりしましたが、毎回起き上がって問題を起こしていました。

ある夜間の時、聖書を読みました。

「マタイ10:28 体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄でほろぼすこすことのできる方を恐れなさい。」

いままで恐れなくてもいいことに恐れていたことに気づきました。心が力でいっぱいで平安になりました。

わたしは変わりました。

あのおじいさんに堂々と声がけしたり、自分から積極的にかかわりました。

90歳近くになったこと。戦争に出ていままで大変苦労してきたことを知って、あのおじいさんに対する思いも変りました。

イエスさまは、「となり人を愛しなさい」と言っているが、それを心にとめて、これからも仕事にのぞみたいと思いました。
| - | 21:05 | - | - |
壮年会劇「親切なサマリア人」


神様に喜ばれるのは、どういう人でしょう。
イエスさまは、こんなたとえ話をなさいました。
ある人が、エルサレムからエリコに向かう山道を歩いていました。



章 「やれやれ、すっかりおそくなってしまったな・・・。日の暮れないうちにエリコにつかなくてはならないのに。」
大きな岩の陰でねらっているのは強盗です。
太い棒を持っています。あの棒でたたかれたら大変です。
等 「おかしらカモが来ました。」
博 「よーし、ヒヒヒ・・・。」 



等 「おい、こら!」
博 「やっちまえ!」
強盗が飛び出しました。
博 「あり金残らずいただくんだ」
章 「あっ、助けて!」
等 「かまうものか。みんな取り上げろ!」
持っていた荷物は何もかもとられてしまいました。
太い棒でたたかれて、体じゅう傷だらけになりました。
痛くて歩くこともできません。



道ばたに倒れていると、エルサレムのほうから祭司が一人やってきました。
エルサレムの神殿でかみさまにお仕えする人です。
岡 「あれは死人か?気、気の毒だが、祭司は死人にさわれない決まりだ、死人は汚れているからな・・・。」
章 「死んではいません。助けて・・。」
祭司は倒れている人に気がついたのに助けませんでした。
知らん顔をして道の反対側を通りすぎました。
章 「祭司さま…!」



しばらくすると、レビ人がやってきました。
聖書のお話を教える先生です。
レビ人も、傷ついている人を見つけました。
章 「助けて・・・!」
イ 「かかわりあいはごめんだ・・・!」
助けないで、道の反対側を通って行ってしまいました。




遠くから、ろばの足音が聞こえました。
やってきたのはサマリアの人です。
サマリア人とユダヤ人は、昔からおつきあいをしていません。
この人も黙って行ってしまうのでしょうか。



ところがこのサマリア人は、けが人を見つけるとすぐに走ってきました。
哲 「かわいそうに。ひどい目にあいましたね。もう大丈夫ですよ。傷の手当てをしてあげましょう。」
サマリア人は、ぶどう酒で傷を消毒すると、オリーブ油をぬって、包帯を巻きました。



哲「さあ、ろばにお乗りなさい。向こうに見える宿屋につれていてあげましょう。ゆっくり休めば、きっと元気になりますよ。」
章 「ありがとうございます。ほんとうに助かりました。」



サマリア人は、宿屋に連れて行ってくれました。
そして、次の日、宿屋の主人にお金を渡して言いました。
哲 「傷が治るまで、この人の面倒をみてあげてください。もっとお金がかかったら、わたしがお金をはらいます。」
荒 「サマリヤのあなたが、どうして嫌われているユダヤのあのかたために、これほどのことをなさるのですか????」

さあ、この三人のうち、どの人がいちばん親切でしたか?
神様に喜ばれるのは、どのひとでしょう?
みなさんはもうわかったでしょうね。

イエスさまは、自分と仲の良い人だけでなく、仲の悪い人をも愛し、親切にしてあげることが大切ですとお教えになり、
「行って、あなたもそのとうりにしなさい」とおっしゃいました。
・・・・・・・
さて、このお話には、続きがあります。
この助けられた旅人はしばらくして、けがもすっかり良くなりました。
この旅人は親切なサマリア人の愛にふれた時、神様がどんなにか私たちひとりひとりを愛しているかがわかったような気がしました。
サマリア人がしたように、イエスキリストも私たちのために、すべてのものを与えてくださいました。人となって、人間の罪を許すため、この地上にお生まれくださいました。

その年のクリスマスにこの旅人は、とある教会にいました。



この旅人も本当の愛にふれ、イエスさまを信じて教会に通うようになりました。そして、教会でイエスさまの誕生をみんなでお祝いしました。いろいろな仲間がクリスマスをお祝いしました。
| - | 16:47 | - | - |
小寺義兄あかし
僕にとって教会とは何なのか、そのことについてお話します。まず、僕は名前に『義』名付けられるように、生まれてからすぐに神様が共におられる家庭で育ちました。父親は牧師ですから、生活の場は教会の牧師館でした。そして、中学校を卒業するまでの15年間は教会を『家』として過ごしてきました。両親の働きもあって、日曜の礼拝は習慣に、讃美歌はよく聞く音楽で、寝付く為にしてもらうお話は聖書の物語でした。このような感じに触れていたので、子供の頃の僕は、このように神様に触れて育つのが当たり前なのだと感じていました。けれども、高校生になってからは親の赴任する教会が変わったことをきっかけに、『家』が教会ではなくなりました。そのためいままでの生活が変わり、いままでいた教会に行くのには通わなければならなくなりました。そのことは僕に違和感を与え、教会へ足を運ぶことにためらいを持ちました。これとほぼ同時に弓道部に入部し、それを理由に教会へはほとんど通わなくなりました。それでも、部活が休みで母親の都合のつく時は親の友人の赴任する教会まで通っていたのです。たとえ、心が教会から離れていても、教会へ行きたくない、というわけではなかったので。そして、親とその牧師に勧められ、そこで洗礼を受けました。しかし、それまで通り教会から離れたままで何も変わりませんでした。
 ところで、皆さんにとっての休息とは何でしょうか。僕にとっての休息はふたつあります。それは、「体」が休まることと、「心」が休まることです。人として健康であるためには両方とも欠かせません。そして、「体」は寝ることにより休まりますが、「心」はそういかないのです。僕にとっての心の休息の場はふたつあります。実家と教会です。両方とも僕を温かく迎え入れてくれる『家』です。その『家』を離れるまで僕はそれが与えてくれているものに気付けず、離れた後で初めて気付くのでした。そのふたつの『家』から離れた時、虚しさを感じました。その時は何が原因でそう思っているのかもわからず、ただ時が過ぎるのを待つだけでした。けれども、そんな僕にも再び教会という『家』が与えられました。そして、そのまま巻き込まれたかのように教会に関わり始めましたが、それはそれで結構気に入っています。今はもう教会に足を運ぶことに抵抗もなく、自分なりに参加しています。
 

マタイ 11:28 疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。

この言葉の通り僕は休みに来ています。単にそれだけではないのでしょうが、他に何をしに来ているのかは自分ではよくわかっていません。それは『家』に帰るように自然なことなのかもしれません。今はその答えを探しているのです。
| - | 11:00 | - | - |
CALENDAR
SMTWTFS
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< July 2008 >>
SELECTED ENTRIES
ARCHIVES
LINKS
PROFILE
このページの先頭へ